うかがう思い出の仕事

海女、中村とみさん

サライの取材にて

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先日、雑誌「サライ」の取材で三重県志摩半島にある腰賀(こしか)という集落に行ってきました。
78歳のベテラン海女さんの撮影です。
海女はかねてからとても興味があり、館山の海女さんの撮影も何度かチャレンジしていました。自分の身ひとつで、海の恵みをいただき生活の糧にする、という素朴でありながら命がけの漁はとても素敵です。
自分たちの身近な海で、獲れるものを獲り過ぎず獲ることが大切な気がします。
海女の世界は、高齢化、後継者不足が悩みの種でもありますが、現役の海女たちは、若者たちに負けず劣らずパワフルです。
腰賀でお会いした、海女の中村とみさんもパワフル全開でした。
そして、笑顔が素敵で可愛いらしい方でした。
会話も楽しく、年齢を感じさせない編集の方とのやりとりに、思わずぷっと吹き出しながら撮影を進めていたことを思い出します。また皆に頼られていることが窺えるほど、お招きしていただいた自宅には、ご近所の方、元海女の方など大勢がいらしていました。
豪華な料理を前に、お友達とお酒を呑みながら豪快に笑っている姿を、下戸の旦那さんは、端っこの席で黙々と食事をしながら見ていた姿が印象的でした。

翌日、本職海女の姿を見せてもらうときがきました。
まだまだ水温の低い時期でしたが、風もなく波もなくおだやかで気候で、申し分ないほどのものでした。
とみさんが、ウェットスーツを着込んでいくと、昨日の姿とは打って変わり、海の似合う女になっていきました。破れたスーツを補修した後が見え、昨日話をされていた、世の中もったいないことだらけ・・・の話題を思い出しました。
船に乗ると、さっきまでの笑顔とは一転、真剣な表情で海を見つめます。
海は危険なこと、そして常に油断してはいけないことを、十分に知っている顔だな、と思いました。
はじめは、とみさん一人海に入り、私は船上からとみさんの写真を撮りました。
1分弱ほどで海面に顔を出したとみさん。
右手には5~6個ほどのサザエが。そして網の中にはもっともっとたくさんのサザエが。
次から次に船に落とされます。
えっ?いつの間に・・・と思うほどです。
そしてその後、私は空気の入ったタンクをつけて一緒に海へ。
速い速い!!
なかなか追いつけないほどのスピードで、岩と岩の間に手を入れては、まとめて数個のサザエを掴んでいきます。
アワビを見つけると、水中で声を出し、私に教えてくれました。
アワビは、とみさんにとって、この上ないごほうびのようでした。
何度も何度も、採ったものを船に揚げてはまた潜り、考えてみれば、半端な78歳ではありません。
漁の撮影を終え、海女小屋で私も水浴びをさせてもらいました。一足先に着替えたとみさんは、「あんな、寒くないんか」と言いながら、お湯を沸かして水浴び用の水にお湯を注いでくれました。すっぽんぽんの私は、特に恥ずかしい気持ちにもならず、すべてをさらけ出しているようで、なんだかおばあちゃんちに遊びに来ている感覚でした。
 海女小屋では、中央に大きな囲炉裏があり、汗だくになりながら火にあたり、体を温め食事しました。さっき採ってきたばかりの、サザエのつぼ焼きのいい香りが小屋中充満しています。
編集者、記者さんとともに、すべてにおいて満腹な気持ちのまま、たくさんのサザエを抱えて帰路につきました。
それから、2ヶ月ほどした頃、ようやくそのときの写真が「サライ」に掲載されました。
ちょうど事務所に本が届けられた日、私はロケで不在中でした。
ロケ先に編集者の方から、1本の電話が入りました。わたしはてっきり、本ができたことの報告の連絡とばかり思っていました。
そのとき、とみさんの訃報を知らされました。
しかも海で亡くなられたとのことでした。
取材のとき、とみさんの海を見つめる姿を拝見し、決して海で亡くなられる方には思えませんでした。
心不全で突然だった・・・ということでした。
いまだ言葉もみつかりません。
もしかしたら、三途の川にも潜り、笑顔を振りまきながら、天国への道を進んでいるのかもしれません。
中村とみさんのご冥福をお祈りいたします。
最後にとみさんの姿を記録できたことを、とても誇りに思います。

どうぞ安心してゆっくりお休みください。
ありがとうございました。


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