フォトエッセイ

動物一家その2

私が動物愛護センターに通う理由

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現在は犬が中心ではあるが、実家と妹夫婦を合わせると9匹もの犬が暮らしている。それらの犬たちは人から譲り受けたもの、拾ってきたもの、迷って住みついたもの、そして動物愛護センターからもらってきたものたちとさまざまだ。

私が熊本にいる頃は、犬猫合わせて6匹だった。(これでも十分多いが・・・)父が亡くなってからというもの、抑える人がいなくなったせいか、寂しいせいか、さらに次から次へと愛護センターから引き取ってくる家族。気付いたら9匹になっていた。
「ちょっとちょっと・・・うちには老犬もいるでしょー、前からいる子たちがストレスたまっちゃったらどうすっとね?」と、遠く離れて暮らす私にしてみたら、新しく来た犬たちより、前からいる一緒に暮らしてきた犬たちが、よっぽど心配でならなかった。
しかし、前から飼っている16歳の老犬チャコは、耳も遠く眼もかすんで足腰もふらふら、さらにはお漏らしもするような状態。いつ何があってもおかしくないと思っていたにも関わらず、新しい犬が来てからというもの食欲も旺盛ですっかり元気になり、一緒に仲良く走りまわっている。「ちょっとボケちゃったかなー」と思う部分もあるが、元気なことは何より。
さらにもう1匹の小型犬モモは「もう、いつ死んでもおかしくない心臓です。好きなものを食べさせてください」と病院の先生に言われて早5年。迷ってきた犬なので年齢不詳だが、先生いわく「16、17歳くらいはいってるでしょう」とのこと。歯なんて、上下合わせても2〜3本くらいしか残ってないのに、あの食欲旺盛ぶりには驚かされる。こう見ると、ある程度の仲間がいると刺激になっていいのか・・・とも思ってしまう。

前置きがかなり長くなってしまったが、このような感じで、うちの家族が、熊本の県や市や郡部の愛護センターから引き取ってきた犬がこの3年で5匹いる。
実はこれをきっかけに、今までなかなか足を踏み込むことができなかった動物愛護センター(昔の保健所)を直視しようと思ったのだ。
はじめは東京の世田谷にある動物愛護センターへ取材のお願いに行ったが、撮影となるとなかなか快い返事はもらえず、発表媒体も決まっていないのであれば取材はNGと言われてしまった。確かに東京では、むやみに取材を受けると収拾がつかなくなる恐れがある、と言うのもわからなくもない。
そこで熊本の家族が何度かお邪魔している熊本市動物愛護センターへ電話をして取材のお願いをすると「いつでもどうぞー」と軽くOKが出た。熊本に帰るときに合わせ、足を運んでみると、犬たちは、屋内の狭い檻の中ではなく、外につながれていた。そのせいもあり、行った先から「ワンワンキャンキャン」車から出てきた私に向かって親の敵とばかりに鳴き続けている。まわりは畑ばかりだからできることであって、東京で同じことをやっていたら、即、近所からの苦情が殺到するだろう。
この熊本市動物愛護センターでは、ほかの自治体とは違った取り組みを始めていた。犬猫の「殺処分ゼロ」を目指して地道な活動を始めていたのだ。
実は全国の動物愛護センターで、年間28万匹近い犬猫が殺処分されているのはご存知だろうか。1日あたり760匹以上もの命が人間の手によって殺されているのだ。私も動物愛護センターに足を運ばなければきっと知らないままだった。
毎日繰り返されているガス室での処分。なんと短く、なんとあっけなく殺されてしまうのか。それも人間たちの手によって、税金を使っておこなわれているということ。また驚いたことに、東京の動物愛護センターで見た犬猫たちは、ほとんどが、ペットショップで高い値がついているいわゆる「ブランド犬・猫」だった。このままペットショップでもできるんじゃない・・・とも思えるほどだった。私が近づくと、皆しっぽをふりふり寄ってくる。ほとんどが一度は人間に飼われていたのだ。引越し、病気、飽きた、面倒くさくなった、そんな勝手な人間たちの都合で、命を簡単に始末している世の中なのだ。
また、ペットを飼うなら小さな頃から・・・という日本人ならではの趣味が、生後生まれて間もない犬猫を親元から離し、小さなショーケースに夜中まで電気で煌々と照らし、見世物として展示していることにつながっていく。こんな状況では命と思って買っていくことはまず少ないのではないかと思う。モノとして見ているから、簡単に処分をできるのではないだろうか。しかも処分は動物愛護センターの職員の手を借りて。職員の苦悩は計り知れないものがあるはずだ。それを変えていこうと試みた熊本市動物愛護センターは、皆が必死に力を合わせている。それは職員だけではなく、地域の動物愛護団体、獣医、住民、ボランティアの方々。センターに不要犬として連れてくる人には、長い時間をかけての説得。迷い犬は元の飼い主が見つけてくれるよう充実したホームページ。そして、迷い犬の飼い主が見つからなかった犬は、できるだけのしつけをし、新しい飼い主が見つかるような努力をおこなっている。その結果、昨年1年間の処分は、犬猫合わせて数匹にとどまっている。
「殺処分ゼロ」なんてありえない。きれいごと。と言われるかもしれない。でも目標に向かって皆が力を合わせ、その目標に近付けることができたことは熊本が立証している。だったら熊本に限らず、日本全国の自治体が行動にうつしてくれたら、と思う。
これは人間たちが住みやすくするために決めたルールだが、いまや犬や猫は、この世の中では人間のペットでしか生きていけない環境なのだ。私たち人間が、生きる道を絶たないようにしなければいけないのだろう。

また、熊本県管理センターにも取材にうかがった。ここは、熊本県内の自治体が、捕獲した犬猫をそれぞれ約1週間保護した後、連れてこられる場所。いわば処分場のような場所だ。熊本市内と違い、田舎のほうは捨てられる犬も多いし、野良犬も多い。その結果、大量の犬猫が運び込まれ、週に2回のガス室での処分が行われている。
檻の中の犬や猫が、処分室に運ばれ、ガスを注入され死んでいく姿を、目の当たりにした。職員は淡々と作業を進めている。命と思ったらできない作業。生きている犬には触らない、眼を合わせない、そんな感じがした。
やるせない気持ちでどうしたらいいのかわからなくなった。息絶えたこんなにたくさんの犬と猫たち・・・。
以前は、熊本市動物愛護センターでも、週に一度の殺処分が行われていたそうだ。それが耐えられなくて、職員たちが活動を起こし現在に至っている。

自分には何ができるのかわからないが、おかしいと思ったことを見過ごして生きていきていきたくはない。人として、そしてカメラマンとして、何ができるのかわからないが、現状を少しでも多くの人に知ってもらい、前向きな方向に進んでいったらと思い取材を続けている。


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