伊豆大島で、ユニークな顔をしたメガネウオを初めて見て衝撃的だったのを覚えている。この写真の撮影場所は大瀬崎。

思い出の仕事

スコール.での初めてのロケ

いきなりNHKのロケ!?

29歳にして初めて親元を離れ上京。熊本の実家からインターネットでアパートを探し、家財道具一式を送っておいた。
自分の住む所となる新しい部屋に入ることもなく、熊本からいきなり伊豆大島で行われているNHKのロケ「生きもの地球紀行」に加わった。

熊本空港で、友達、家族に涙涙で別れを告げ、さーいよいよ新しい道への出発だ!と機内で気合いを入れようとするものの、不安と寂しさから涙が止まらず、祖母が作ってくれたお弁当ものどを通らず、気がつくともう伊豆大島の空港に。待ち合い室でお弁当を開いて食べ始めると、中村征夫氏と当時アシスタントをしていた息子の中村卓哉氏の姿が。飛行機到着の時間に合わせて迎えに来てくれたのだ。
中村氏とは4度目。2ヶ月前に無理矢理押しかけて、実際にこの日が来るなんて!と考えるとここにいるのが不思議な気持ち。とともにかなり緊張する。
卓哉氏とはそのときが初対面。卓哉氏の運転するワゴンの後ろに座り、初めての伊豆大島を見渡すと、道路にニホンザルが現れ、消えていった。
さっきまでの感傷にふける気持ちはどこ吹く風、新たな仕事に気持ちは向かっていた。ちゃんと潜れるのか、迷惑かけずに何ができるのか、緊張の中気持ちを落ち着かせることで精一杯。

ダイビングショップに到着すると、巨大なカメラがどーんと置かれていて、着くと同時に卓哉氏はそのカメラを慎重に扱いだした。まず、ハイビジョンカメラのバッテリーを交換している模様。そして水中ライトのバッテリー交換。その後、スチールカメラのハウジングを開け、フィルム交換。午後からの撮影に向けて、せっせと準備をこなしていた。そこに中村氏が現れ、細かく注意し、実際に手に取りチェックをしている。
「何をしてもらおうかなー」
と中村氏が私を見て言う。
「じゃ、このハイビジョンカメラを水中で固定するための重りも持ってもらおうか。」
初めての仕事初日、水中での私の役割が決まった。私が自分の機材をセッティングする間、卓哉氏は中村氏の機材と自分の機材をセッティッグし、中村氏の水中マスクを磨いたりカメラを運んだり大忙しの様子。
バカでかいハイビジョンカメラは、一人では持てない大きさに重さだった。数人掛かりで慎重に扱う様子を見ていると、そのカメラがどれほど高価なものかが窺える。
私も手伝おうとするが、女には持てないよ、という感じで断られた。力持ち風のスタッフたちが運ぶ姿を見ながら、「私、力持ちなんだけどなあ・・・」と心の中でつぶやいていた。でも、本当のところ、重さだけで断られたのではないのがあとでよくわかった。そのカメラ、ハウジングも入れるとなんと○千万円もするもの。そりゃ、誰だかわからない突然現れた人間に持たせる訳がない。

そうこうしているうち、皆海へ飛び込んでいく。私も慌てて後を追う。水中でスタッフから重りを受け取る。受け取った瞬間、ドーンと沈んでいくので慌ててBCジャケットに空気を入れ中性浮力をとる。自分のエアーが先になくならないよう、緊張して息のあがった呼吸を必死こらえていた。はじめて見る中村氏の仕事。大きな番組のために動く大勢のスタッフたち。
「なんだか、すごい!」
と妙に感動しながら、初めてイズカサゴという頭でっかちの魚を見た。写真を撮りたい、とちょっと頭をかすめるが、ここにいられる幸せを噛み締める中村征夫アシスタント1本目のダイビングだった。

その夜、宿に帰り三人で夕食をとった。緊張しつつもお腹が空いていた私は、中村氏よりも早い勢いで完食を迎えつつあった。
「お前よく食うな。」
と一言。確かに盆には小鉢がぎっしりのっていて、女性ではなかなか食べきれない量ではある。
そこで、中村氏が私に質問する。
「魚の名前はよく知ってるか?」

と私は満腹のお腹を抱え「少しは。」と答えると「例えば?」と返ってくる。
「ミノカサゴとかハリセンボンとかタテジマキンチャクダイとか・・・」
と答えている途中に中村氏が一言。
「そんなの誰だって知ってるよ。」
「あはは・・・」
私は笑うしかなかったのを覚えている。
部屋に戻り、実家に電話しまた寂しくなる。
数日間のロケのおかげで、水中での重り持ちもずいぶん慣れてきた。慣れた頃には伊豆大島のロケも終わり、東京に戻る日となった。

上京して初めて自分の借りた部屋に帰った。46,000円という破格の値段で探したワンルーム、バストイレ付きのこの部屋は、なぜか横浜駅よりさらに先にある南太田駅が最寄りの駅。というのも、当時の事務所は品川にあったのでそこから電車1本で通えるところ、そして45,000円以内という無茶な探し方をした結果の場所だった。さらに東京にはほとんど来たことがなく距離感まったくゼロの私は、住んでみるまでそこがどれほど遠いものなのかわからなかった。7人家族、5匹の犬猫という賑やかな家族で育った私にとって、一人暮らしのこの部屋は、本当に静かで寂しいものだった。しばらくして、こっそり野良猫を招きいれての生活が始まった。


前のページへ

次のページへ