思い出の仕事

動物園

チンパンジーのナナ

フォトエッセイ 動物園ナナ.jpg




















熊本で広告カメラマンをやっていたとき、雑誌の撮影で熊本にある動物園に撮影に行った。取材時に、一般の入場では見ることのできない動物園の裏側を見ることができた。そのとき見た動物と飼育員との関係性が非常に興味深いものだったので、個人的に撮影を申し込んだ。がすぐには許可が出ず、条件として1週間、動物園の飼育員を手伝い、作業の流れを知ってから、ということになった。その後、平日はカメラマンとして働き、週末2日間を動物園で働き、約1ヵ月後にようやく撮影の許可が下りた。

動物園の動物は、檻の外から見ると何だか可哀想に見えた。ヒグマは同じルートを繰り返しぐるぐるまわり、途中でちらりと檻の外の人間を一瞥する。チンパンジーはなぜかあきらめた表情で、見物にきた客の顔を同じ姿勢でじっと見る。
閉園前、檻の中の動物たちを飼育小屋へ移動させる。動物がいなくなった檻へ、掃除のために飼育員とともに入ると、案外広くて驚いた。そして、飼育員はできる限りの愛を与えて動物たちを飼育していたことが、取材をすればするほどよくわかった。
それを知ってもらうために、そこで長年飼育されていた1匹のチンパンジーのことを書きたいと思う。そのチンパンジーは、相方をなくしてひとりぼっちで檻に入っていた。その子の名前はナナだっか・・・。(記憶が定かではないがここではナナと記す)
ナナは飼育員のおじさんがとっても大好きで、おじさんが檻の裏の通路に来たら、びっくりするほど大はしゃぎした。おじさんになでてもらおうと必死に柵に顔を寄せてきた。おじさんはナナがこの園に来てからずっと飼育してきた。ナナはおじさんにだけは触らせた。柵にしがみつき、柵の間から手を伸ばしおじさんを触ろうとする。チンパンジーの握力は人間の比ではないほどの強さだ。油断して怪我をしないようにおじさんも慎重に接する。もちろん私なんかが触ることは許されないし、ナナだって触らせてはくれない。
おじさんが一般の人が見学する外の檻の前を通っただけで、柵に張り付き声を出しておじさんを呼んだ。おじさんは立ち止まり、一般のお客さんが見学する中、優しくナナに話しかけていた。そのときは、完全に二人の世界ができあがり、まわりにお客さんがいる中、いちゃいちゃな雰囲気をつくっていた。

ある日私は、そのおじさんとナナを撮影しようと、おじさんと一緒に裏の通路側に入っていった。そこは、飼育員しか入れないスペースのため、私のような一般の人が入ることは珍しいこと。そうすると、あのナナは怒った。私に嫉妬したのだ。おじさんといる私が許せないらしく、激しく声をあげ、柵につかまりガタガタと揺さぶって大きな音を出した。
狭い裏通路のある部屋にはナナの奇声と柵を揺さぶる音が響き渡っていた。ナナは怒りながら、狭い柵から私を観察し、前を通ろうとする私にツバを吐きかけた。チンパンジーって頭がいいんだなーと改めてわかったのと同時に怖くなった。その後、私はナナから嫉妬の目で見られ、おじさんと檻の前を通っただけで、キーキーと檻の中を暴れまわっていた。

ある日、私が一人でナナを撮影しようと檻の前に立ち止まると、しばし目が合った。するとまた、ツバを勢いよくかけられ、その直後ナナはかなりのスピードで後方に走り、床に落ちた“何か”をつかんだ。その“何か”をつかんだまま、柵まで走り私めがけて投げてきた。

やばい!!

つかんだ“何か”を察知した私は、いつもならあり得ない瞬発力で“何か”をかわした。私を通り越して後ろに落ちたものは飛散しているが、まぎれもナナのウンチだった。飛散した一部は、私のカメラバックにも飛んだ。匂ってみたがそんなに臭くはなかったからちょっと安心した。周りにいたお客さんたちは、そのナナの行動に大喜びし、もう一度その行動をやるのを待っていた。私は心から恐くなり、そそくさとその場を立ち去ったのを覚えている。

その飼育員のおじさんは、熊本市の職員になるのだが、市の職員になってすぐこの動物園に配属になり、定年間近になったそのときまで、一度も配属換えになっていないと話していた。動物が好きだから、定年まで動物園で働きたいと話されていたおじさん。そのおじさんの顔は、冗談抜きでサルにそっくりだった。よく飼い犬とそっくりの飼い主を見かけるが、やはり一緒にいると似てくるものなのだろうか。
それからしばらく動物園を撮影した後、熊本市の美術館にて、女性三人のカメラマンで、それぞれのテーマの写真展を開催した。私のタイトルはそのまま「動物園」だった。写真展には、ナナの大好きなサル似のおじさんも見に来てくれた。


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