フォトエッセイ

水俣でのムービー撮影

湯の児温泉にて

水俣ムービー撮影ミノカサゴ.jpg




















2008年、水俣病情報センターの常設展示用のため、水俣湾の水中映像を手がけた。仕事ではスチールが多いのだが、数年前にスコール.(私が勤めているプロダクション)にもハイビジョンカメラが入ったため、少しずつではあるが、ムービーの撮影も撮り始めた。

水俣は、スチール撮影では何度となく潜っている馴染みのある海ではあるが、ムービーでの撮影は初めてなので、撮影のずいぶん前から、いつ撮影に行くのが適切か、何が撮れるか、そして何を撮るべきかを考えあぐねていた。現地の水俣には、愛知の方でダイビングインストラクターを長年やっていたベテランイントラの森下さんが、地元の水俣でダイビングショップを出そうと戻ってきていた。私は、森下さんが戻ってきた2008年春に、宇宙船地球号の番組ロケで始めて会っていた。そのときの第一印象で、インストラクターとして、森下さんだったら安心して一緒に潜ることができるなーと感じていたので、今回の情報センターの仕事では迷わず森下さんに協力してもらった。ロケ実施まで、水俣の海況や生きものの情報を逐一報告してもらっていたので、撮影内容も少しずつイメージができてきた。

天気の安定した1週間の水俣湾撮影は、何かと発見の多いロケでもあった。というのも、森下さんが潜っていた場所は、今まで私が潜っていた場所とは違うポイントだったのと、さらにはボートダイビングということもあり、通常、岸から潜っている私にとってみたら、とても新鮮だった。
ムービー撮影とスチール撮影は、被写体の選び方も少し変わる。魚の捕食シーンも一瞬のことなので、スチールでは間に合わないものも、ムービーでは撮れたりする。そんなことも含めて、ムービーはスチールでは味わえない面白さがある。その逆ももちろんあるのだが。
当たり前のことだが、スチールはヨコ位置タテ位置と被写体によって選べるが、ムービーはヨコ位置のみだ。とはわかっていても、ムービーを撮り始めのころ、師匠の中村を東京湾で撮影しているときに、思わずタテ位置にしてしまいそうなこともあった。

話を水俣湾に戻す。今回の撮影は、水俣にある湯の児というポイントに何度も潜った。ここは、水俣湾の仕切り網からは少し離れているため、私はあまり潜ったことがなかった。基本的に今までは、仕切り網の内側を中心に撮っていたからだ。

湯の児は温泉地としても有名で、温泉宿からは穏やかな海の景色を眺めることができる風光明媚な場所だ。そこには、海水浴客がすぐに入れるように、露天のお風呂が海の目前にある。ダイビングで冷えた体のまま、その温泉に体を沈めることができるとは、まさに天国だ。ここは、水中にも若干の温泉が湧き出ているようだ。そのせいか、水温も少し高く、私がいつも潜っていた場所とは、生息する生きものも違う。ここにはミノカサゴが当たり前のようにたくさんいるが、埋立地近辺にはまったくいない。またオニカサゴ、オニオコゼも埋立地近辺にはいないが、湯の児には多いのだ。同じ水俣の海でも、少し離れているだけで違った顔を見せる海。今まで見てきた水俣の海は、ごくごくわずかなのだと、改めて感じるロケだった。そしてそれ以来、湯の児にはまってしまった。


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