フォトエッセイ

心に残る1枚 水俣にて

かつての仕切り網

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水俣に潜り始めてかれこれ15年近くになる。潜り始めた当時は、汚染魚の拡散を防ぐために仕切り網なるものが設置されていた。その長さ、4.4キロメートルにも及ぶ距離を網で仕切るという異様な状況の海であった。しかし、その網はいつの日からか、魚礁の役割を果たし、多くの小魚たちが集う楽園のような空間を作っていた。
ある日、福岡から来た朝日新聞社の記者の方2名と一緒に潜ることになった。仕切り網の撤去が近かったこともあり、当時はたくさんの報道関係者が水俣に足を運んでいた。皆、水俣の海に実際潜ると魚の多さに驚き、水俣の海は生きているということに気づく。どうしても、マイナスイメージばかりが先にたってしまうのは、それだけ水俣の悲惨な状況をテレビや紙面などで数多く目にしているからだろう。

さて、その日、私はニコノスRSに13ミリレンズをつけ、ニコンSB104という大きめのストロボ1灯をつけ海に入ると、なんとしたことか、ストロボとカメラをつなぐコードの接触が悪く、なかなか発光してくれなかった。途中で気持ちを切り替え、ノンストロボで撮れるものに絞って太陽光が届く浅瀬を中心に移動した。

網全体についた海藻を手ぶれをしないよう構えて撮ってみる。網と太陽を撮ってみる。

しばし移動を続けると、アオリイカの卵が網の浅い部分にひっかかっていた。おそらくホンダワラに産みつけたあとに、ホンダワラが切れて漂い仕切り網に引っかかったものと思われる。そこには孵化寸前のイカの赤ちゃんが、太陽光にさらされくっきりとした姿を見ることができた。ここ水俣で何度かアオリイカの卵は見てきたが、卵の中の赤ちゃんがこんなはっきりと、そしてこんなに撮りやすい場所で見つけたことはなかったため、ちょっと舞い上がった。
水深1メートルほど。光は十分に足りている。
ノンストロボで撮るために現れたかのような目の前のイカの卵を、36枚撮りのフィルムの半分位を使って撮影した。死の海と言われていたこの海で、新しい命の誕生を見るのは心が温かくなる瞬間であった。
仕切り網は、本当に多くのドラマがある。人間の思惑とは裏腹に、生きものたちが自分たちの生きる術として利用している網だ。

その網ももう今はない。ほかの海と何ら変わらない環境に戻った。


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